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大阪高等裁判所 昭和36年(う)1623号 判決 1966年6月18日

被告人 中須義男 外五名

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所姫路支部に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意及びこれに対する答弁は、被告人六名の弁護人毛利与一、同吉田賢一各作成の控訴趣意書及び被告人六名の弁護人佐伯千仭、被告人中須義男の弁護人大塚正民共同作成の控訴趣意書並びに検察官杉島貞次郎作成の答弁書各記載のとおりであるから何れもこれを引用する。

一  弁護人佐伯千仭、同大塚正民の控訴趣意第三ないし第五点、事実誤認の主張、弁護人毛利与一の控訴趣意第二、三点事実誤認の主張、弁護人吉田賢一の控訴趣意中事実誤認の主張について

弁護人佐伯千仭、同大塚正民の論旨は、原判決は、当時高砂市長であつた被告人中須が同市の水道課員である被告人中村、同前田、同奥山、同藪及びその他の課員五名位を同市役所三階委員会室に集会させた上、「同市曽根町立場地区内から大塩町に通ずる上水道の送水管を破壊し、その修理工事にことよせ、大塩町に対する給水を止めるよう命令し、同所に集合した全員この命令を諒承し」たと認定しているが、これは事実の誤認である。被告人中須は単に送水の停止を指示しただけで、上水道の送水管を破壊せよとか、或いはその修理工事にことよせて給水を止めよとか命令したことはないのであつて、他の被告人らがそれを諒承した筈もないのである。また、原判決は、被告人中村、同前田、同奥山、同藪らが送水管を破壊し、その修理にことよせて、大塩町に対する給水を止めようという被告人中須の「命令を諒承し、更に被告人菅野は他の水道課員中井寛一らと共に同日午後一一時三〇分頃……荒井支所内水道課事務室において前記水道管の破壊方法などを協議した」と認定しているが、前記のとおりそのような破壊命令がないのであるから、被告人中村らがそれを諒承する筈もなく、さらに菅野が中井寛一と破壊方法などを協議したという事実も存しない。更に、原判決は、「被告人前田、同奥山、同藪において、同月八日午前一時過頃、同市曽根町立場地区内浜県道(現在国道)に行き、つるはし、スコツプで同所地面を堀り下げ、バールで同所地下約一メートルの個所に設置してあつた上水道送水管に穴を開けて破壊したうえ」同二時三〇分頃、中井寛一、被告人奥山、同藪らにおいて附近の制水弁を閉鎖して、大塩町への送水を遮断したと認定しているが、被告人前田、同奥山、同藪が水道管を破壊して穴を開けたという事実は認められないのであつて、原判決はこの点においても重大な事実誤認を犯している、というのであり、弁護人毛利与一の論旨は、原判決が、被告人らか「バールで……上水道送水管に穴を開けて破壊した」と認定しているのは事実誤認である、というのであり、弁護人吉田賢一の論旨は、被告人中須が修理にことよせて大塩町への断水を命令し、被告人らにおいて送水管の破壊方法を協議した上、送水管を破壊した事実はなく、被告人らは漏水個所を修理するために制水弁を廻わして断水したもので、被告人らの行為は正当な業務行為である、というのである。

よつて記録を精査し案ずるに、原判決挙示の証拠によれば原判示事実を優に認めることができる。即ち、被告人中須義男は当時高砂市長をしていたものであるが、昭和三二年三月七日午後八時頃、高砂市が当時の印南郡大塩町(現在の姫路市大塩町)に対し将来同町の合併を含みとして昭和二九年一二月頃から水道浄水を原価を切つて供給していたのにかかわらず、当夜同町議会が姫路市に合併する旨決議したと聞いて憤激し、同町に対する給水を止めてうつぷんを晴らそうと決意し、当時同市水道課業務係の責任者であつた被告人中村恭麿に対しその計画を告げて水道課員の召集を命じ、同日午後一〇時過頃、同市高砂町所在の当時高砂市役所三階委員会室に被告人中村恭麿、同水道課工務係技手をしていた被告人前田坦、同水道課工務係の技術員をしていた被告人奥山晴隆、同藪三郎及び他の水道課員五名位を集合させた上、同市曽根町立場地区内から大塩町に通ずる上水道の送水管を破壊し、その修理工事にことよせて大塩町に対する給水を止めるよう命令し、同所に集合した全員がこの命令を諒承し、更に被告人中村、同前田及びその後加わつた当時同水道課工務係技師の被告人菅野政夫は、他の水道課員中井寛一らと共に同日午後一一時三〇分頃、同市荒井町所在の当時高砂市役所荒井支所内水道課事務室において前記送水管の破壊方法、修理方法及び破壊担当者、修理担当者などを協議した後、先づ被告人前田、同奥山、同藪において、同月八日午前一時過頃、同市曽根町立場地内浜県道(現在国道)に行き、つるはし、スコツプで同所地面を堀り下げ、バールで同所地下約一メートルの個所に設置してあつた上水道送水管を土砂が覆つたまま、二回ほど強く突いて右送水管に楕円形の小孔をあけ水流を地上に噴出させる程度に破壊した上、ついで同日午前二時三〇分頃、前記中井寛一、被告人奥山、同藪らにおいて、右送水管の修理にことよせて、先づ同所附近の制水弁を操作して閉鎖し、同日午前一一時頃迄の間、前記大塩町に対する送水を遮断したことが認められる。佐伯、大塚、毛利各弁護人は、原判決挙示の被告人六名の捜査官に対する自白調書を含め本件関係者の捜査官に対する供述調書は何れも捜査官に迎合した供述であるから信用できない旨主張するが、原判決挙示の被告人六名の警察、検察庁における各自白調書並びに本件行為に関与した中井寛一、浜野宏司、田口秀和、大内伸、坂田清治、石橋政郎、糟谷忠治らの各検察官調書には不自然ないし不合理な点はなく(かえつて被告人六名の原審公判廷における各供述の方が不自然且不合理である)、また被告人六名の右自白調書と前記中井寛一ら本件行為に関与した者達の検察官調書とは主要な点で符合するのみならず、以上被告人六名及び中井寛一ら本件関与者の各供述調書は、原判決挙示の本件行為に関与しない大路次郎、広野勉、今竹三四、林豊、正田三雄らの警察もしくは検察庁における各供述調書及び原審公判廷における証人花田典和、同三浦二郎、同岡田宏の各供述並びに司法巡査花田典和作成の「水道損壊事件現場の当時の状況について」と題する昭和三三年九月一一日付書面、岡田清作成の鑑定書とも主要な点でよく符合するから、被告人六名及び中井寛一らその余の本件関与者の警察、検察庁における各自白調書が事件発生後一年半も経過した後に作成されたこと並びに本件捜査の経緯が所論のようなものであつたとしても、右各自白調書の信用性は充分に認められるところである。なお、原審鑑定人岩井重久、同山本貞治は、本件当時の流水量及び水圧の変化から本件送水管にあいた孔の大きさを推定し、両鑑定人共結論として、孔があいたとしてもその孔の大きさは縦五センチメートル、横四センチメートルの楕円形よりも小さなものであるものであるとの鑑定結果を出しているので、この点について検討する。先づ、右鑑定が迂遠な間接的方法によるものであることは明らかであるが、その証拠価値についても次のような事情を考慮すると、自らその蓋然性に限度があるといわねばならない。即ち、右鑑定の前提条件となる事実は必ずしも確認された事実のみではなく、推定された事実も含まれていること、例えば本件当時に本件破壊にかかる送水管を通つて大塩町へ送られていた流水量は直接これを確認できず、過去及びその後の実績から算出した数値を以て実際の流水量に代えていること、前記制水弁以遠の個所における自然漏水量等も統計的に推定される全漏水量を基礎として推定していることなどの点から、前提条件そのものに蓋然的な要素が入らざるをえないし、またかかる前提条件に基く推論の過程にも蓋然的要素が入つているから、かようにして得られた鑑定結果の蓋然性の程度も自ら制限されざるを得ないと考えられるからである。

されば、かような鑑定は確実な直接的証拠がない場合の補充的証拠としての価値を有するにすぎないというべきであろう。

ところで、本件においては前示のとおり被告人らの本件送水管破壊の事実を認定するに足る確実な直接的証拠が存するのであり且これらの証拠により認められる事実が、右鑑定の結果と基本的に矛盾するとは考えられないから、原判決が右各鑑定結果を採用しなかつたのは相当であつたといわねばならない。

以上の次第で、原判決には弁護人ら主張のような事実の誤認はないから、論旨は何れも理由がない。

二  弁護人佐伯千仭、同大塚正民の控訴趣意第二点、弁護人毛利与一の控訴趣意第一点、何れも原判決の法令適用の誤りの主張について

各論旨は、原判決は被告人らが送水管を破壊したと認めながら、それは未だ給水を不能又は困難ならしめる程度のものであつたかどうか分らないという理由で損壊罪の成立を否定したにも拘らず、その軽微な破壊と、修理にことよせて制水弁を閉鎖した上、送水管の取り替え作業などに時間をかけたということを結合すれば、水道壅塞罪に該当するとして刑法第一四七条を適用処断しているが、これは明らかに法令の適用を誤つたものである。右法条にいわゆる水道損壊の場合には、水道そのものを破壊することを必要とするし、また壅塞の場合には、水道そのものを有形の障害物で遮断することを要する。本件の如く水道施設たる制水弁を送水を止めただけでは水道壅塞にはならないし、また水道を破壊し或いは壅塞しても、給水を不能もしくは困難ならしめる程度に至らなければ水道損壊或いは壅塞罪は成立しない、というのである。

よつて、案ずるに、水道損壊罪は、その法定刑や刑法第一四三条(水道汚穢罪)の規定等と対比して考えれば、浄水の供給を不能又は著しく困難ならしめる程度に破壊する行為をさすものと解すべきであるから、原判決が、本件の本位的訴因につき被告人らが本件送水管を破壊した行為(被告人前田等が送水管に穴を穿つた行為)に対し、その破壊が給水を不能または困難ならしめる程度であつたか否か断定できないとして結局被告人らの所為につき水道損壊罪の成立を否定したことは相当と謂わねばならない。しかし原判決は予備的訴因につき、被告人らが共謀の上、大塩町に対し報復のため水道による浄水の供給を遮断する意思のもとに一旦送水管を破壊し、その修理にことよせて制水弁を閉鎖し、大塩町に対する送水を遮断したのは水道壅塞罪に該当するとして刑法第一四七条を適用していることは所論のとおりである。しかしながら、刑法第一四七条に所謂水道の壅塞とは有形の障害物を以て水道を遮断し、浄水の供給を不能または著しく困難にすることをいい、水道施設自体の操作により送水を遮断することは含まないものと解するのが相当である。

従つて、本件の如く単に水道の制水弁を操作して閉鎖することにより送水を遮断しただけでは未だ水道の壅塞には該らないというべきである。因みに、本件後に制定され、従つて本件には適用されないが、水道法(昭和三二年法律第一七七号、同年一二月一四日施行)の第五一条第二項は「みだりに水道施設を操作して水の供給を妨害した者は、二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。」と規定して、水道施設自体の操作による給水の妨害に対し、刑法上の水道壅塞罪より遙かに軽い刑を以て処罰しているのであり、本件の如き水道制水弁の操作による送水の遮断は右水道法第五一条第二項に該るものと解せられる。尤も検察官は、同法第五一条第三項には「前二項の規定にあたる行為が、刑法の罪に触れるときは、その行為者は同法の罪と比較して重きに従つて処断する。」旨の規定があるから、同条第二項所定の行為が同時に刑法の水道壅塞罪に触れる場合のあることを水道法は当然前提としていると主張するが、水道施設の操作による給水の妨害が刑法上の威力業務妨害罪などに該当する場合も考えられるから、かかる行為が水道壅塞罪に該らないという一事を以て直ちに水道法第五一条第三項の規定が無意義になるとはいえない。

以上の次第で、原判決が、被告人らが水道の制水弁を操作して閉鎖し、送水を遮断した所為を以て水道壅塞に該当するとして刑法第一四七条を適用したのは、結局刑法第一四七条の解釈適用を誤つたものといわざるを得ない。論旨は理由がある。

よつて原判決はその余の論旨につき判断する迄もなく破棄を免れないが、原審で取調べた証拠によれば、前示のとおり制水弁を操作して閉鎖した上、送水管の修理にかかり、被告人奥山、同藪及び前夜の協議に基づき修理班に加わつていた浜野宏司らにおいて、破壊した本件送水管を掘り起して撤去し、(この取りはずしに当り右送水管を更に大きく破壊していることは前掲花田典和作成の「水道損壊事件現場の当時の状況について」と題する書面参照)新しいのと取替える作業をゆつくりと時間をかけてやり、同八日午前一一時頃迄の間大塩町に対する送水を不能ならしめたことが窺われる。もしかかる事実を認定し得るとすれば、右の如き被告人らが一旦破壊した本件送水管を、更に大きく破壊し掘り起して撤去した行為は、前示のとおり被告人らが予めなした送水管を破壊しその修理工事にことよせて大塩町への給水を止めるという共同謀議の実行行為に外ならず、この点を併せ考えれば、本件は水道を損壊し浄水の供給を一時不能としたものと謂わねばならない。尤も浜野等修理班に所属する者の行為は、前に為された破壊行為の後の修理行為の形をとつており、修理行為のみを切り離して考えれば、水道施設の管理者たる市長の権限に属する業務行為の如く見えるけれども、本件は前記の如く不法な目的のもとになされた一連の行為であり、之を全体として観察すれば、修理に名を藉りてはいるものの、正当な業務行為とは到底認められないから、結局違法な破壊行為として刑法第一四七条に所謂水道の損壊に該るものといわねばならない。されば、原裁判所において更に審理を尽し、前記の事実を確定した上、判断すべきものと考える。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文に従い本件を神戸地方裁判所姫路支部に差し戻すこととし主文のとおり判決する。

(裁判官 田中勇雄 木本繁 山田忠治)

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